泥の中の愛㊲|145話 あと少しだけ ─ 難破船の上の安息と、次の犬

バスティアン|泥の中の愛㊲|145話 あと少しだけ ─ 難破船の上の安息と、次の犬 原作本編

🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。

悪夢の底から呼び戻された男は、
彼女の胸の中へ、深く潜り込んできた。

嵐のあとの、束の間の静けさ。

だがその静けさの外では、次の悪意が動き始めていた。

難破船の上で

焦点を失った青い瞳は、霜の降りたガラス窓のようだった。

オデットは落ち着いてその視線を受け止めた。
触れ合う胸から伝わる鼓動は、悪夢にうなされていた時より安定している。

やがて再び眠りについたバスティアンは——その直後、彼女の胸の中へ潜り込んできた。

首筋に顔をうずめ、腰を抱きしめた。

収まるはずのない大きな体を丸めて。
まるで何かに追われるように——必死にしがみついてくる。

到底突き放すことはできなかった。

悪夢を見がちだったティラをなだめた数えきれない夜を思い出しながら、
オデットは彼を両腕で抱きしめ、静かに背中をさすった。冷えていた自分の体が温まるにつれ、熱に浮かされた彼の体は少しずつ冷めていった。

互いを完全に憎むことも、許すこともできない私たちは、
これからどうすればいいのだろう。

答えのない問いが、乱れ舞う雪のようにひらついていた。

ベッドは、闇を漂う難破船のようだった。
その上で、雪の影は夜明けが深まるまで揺れ続けた。

縁を切られた娘

「二度と私の前でその名を口にするな」

助けを乞うテオドラに、オスヴァルト子爵は冷たく告げた。
フランツはもう家門と無関係な人間だと。
最後まで離婚を拒むなら、お前とも縁を切る。

娘の望みなら何でも叶えてきた父だった。
既に妻がいる男を手に入れたいという欲望までも、叶えてくれた。

その父の言葉だからこそ、妥協の余地はなかった。

スキャンダルは家門を根こそぎ揺るがし、ジェフの没落はもはや予定調和だった。
彼は理性を失い、それでもと、最悪の一手を打ち続けている。

「私がジェフ・クラウヴィッツの妻であるという事実は、これからも永遠に変わることはありません」

「私は間違っていない」

あの男のために、すべてを捧げた。
この愛こそが人生だった。

守る代償が地獄の業火なら、むしろ光栄だ。
ジェフ・クラウヴィッツも、その炎の中にいるのだから。

次の犬

そこへ、使い捨てたはずの駒が戻ってきた。

ナンシーの姪、モリー。
コソ泥の濡れ衣でオデットに追い出された娘だった。

あの邸宅を自分より知る者はいない、正体がばれているから簡単ではないが、方法がないわけではない、と。

成功報酬の半分は前払い——危険な仕事には、それくらいの代価を。

貪欲さだけで満たされた澄んだ瞳に、テオドラは声を立てて笑った。並々ならぬ狂気。
だからこそ、適任だった。

バスティアンの心が壊れることを、ずっと望んできた。
騒動のさなか、オデットを抱きしめる彼を見て、確信したのだ。

——次の犬を見つけたわ。

今度は、子犬まで宿した、美しい犬だった。

湾の向こうのバスティアンの世界は、今日も目が眩むほど燦然と輝いていた。

幻想から覚めたくない朝

幻想だと思った。

オデットが、彼を胸に抱いたまま眠っている。
朝日に染まった顔は安らかで、再び見られるとは思わなかった光景だった。

頬の髪をよけてやりたくても、手を伸ばせない。

この美しい幻想から、覚めたくなかった。
できることなら、この胸の中で、永遠に。

さざ波のように押し寄せた眠気がバスティアンの意識を奪う。
意志とは無関係に目が閉じられた。

まどろみながら目覚め、また眠り——次に意識が戻った時、ひんやりと柔らかな手が額に触れていた。息を潜めて目を閉じると、やがて温もりが去っていく。

反射的に目を開けた。
白い背中。オデットはもう、ベッドを離れようとしていた。

「あと少しだけ、オデット」

夢か現実か。
どちらでも構わなかった。

盲目的な渇望のまま、その背中を抱きしめる。
びくりと身じろぎした彼女は、やがて静かになった。

背中を向けたまま、拒絶はしなかった。

——それだけで、十分だった。

虚しい真実

過ぎ去った日々を再び生きているような、平安と休息の時間だった。

高熱にうなされて邸宅に着いた夜、彼は何もしなかった。
ただこの部屋に来て、オデットのそばに倒れ込んだ。

無駄な未練を捨てられないまま。
それがすべてだった。

——僕は君を愛している。

すべてが白く燃え尽きた場所で向き合ったのは、
それほどまでに虚しい真実だった。

子どもは、最初から目的ではなかった。

オデットを手放さないための、口実が必要だった。
惨めに裏切られてもなお渇望する自分を、許せなかった。

認めれば、ただ一つの目標に捧げてきた生涯そのものを、否定することになるから。

クラーマー博士の来訪が告げられると、オデットは慌ただしくベッドを降りた。

白い日差しの中、こんもりと膨らんだ腹に、バスティアンの視線が釘付けになる。

美しいものを台無しにした過ちの証であり——それにもかかわらず、唯一の希望の証でもあった。

一瞥だけを残して身支度を整えるオデットの背中に、博士のノックの音が重なった。

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