泥の中の愛㊿|158話 冬が暮れる風景 ─ 焼かれた産着と、変更された任務

バスティアン|泥の中の愛㊿|158話 冬が暮れる風景 ─ 焼かれた産着と、変更された任務 原作本編

🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。

冬が、暮れようとしていた。

すべてを整理し終えたオデットと、
一枚の写真からすべてを察したバスティアン。

二人の準備が、静かに動き出す。

現像された一枚

「もうこの件は、手仕舞いにするべきじゃないですか?」

助手の愚痴も、無理はなかった。

トリエ伯爵夫人の動向調査――バスティアンの指示から二か月近く、成果は皆無だった。
訪問客も動線も変わらず、肝心の皇宮には潜入の手立てもない。

年老いた夫人のカードゲーム仲間まで調べる日々に、
依頼主自身が忘れているのではと疑いたくもなる。

だが、無駄ではなかったと証明されたのは、最後の写真を取り込んだ瞬間だった。

トリエ家から出てくる、地味な身なりの熟年女性。
特徴のない外見が、一瞬で目を引いた。

——クラウヴィッツ家のメイド長が、単身でトリエ伯爵夫人を訪ねた。

ただごとではない。

電話に伸ばしかけた手を止め、ケラーは写真と短いメモを手に、海軍省へ向かった。

空っぽの抜け殻

オデットはバルコニーから、アルデンヌ湾を眺めていた。

まだ荒涼として見えても、水の色は変わり始めている。
春を予感させる風景の中で、彼女は残りの荷物を整理した。

価値のあるものはドーラへ、残りはすべて処分するつもりだ。

着替えを数着詰めて、旅支度は終わった。

急いで逃げ出したあの時とは、まるで違う心持ちだった。
ようやく、完全な終止符を打てるからだろう。

約束の日は、一週間後の正午。
アルデンヌ市役所裏の公園。

協力者も目的地も、当日まで知らされない。
無謀な賭けを、オデットは淡々と受け入れた。

誰でも、
どこでも構わなかった。

トリエ伯爵夫人を信じると決めたのだから。従うだけだった。

母と父、ティラ、マルグレーテ。
そしてしばらく留まって去っていった赤ん坊。

失われたものの記憶が、きらめく水面の中で次々に砕けていく。

すべてを手放し、空っぽになった心と向き合って、初めてわかった。

——生涯を、空っぽの抜け殻として生きてきたのと同じだったのだと。

焼かれた産着

「本当に、よろしいのですか?」

箱の中身に、ドーラは戸惑った。

マルグレーテのクッションと人形。
そして——自ら縫った、赤ん坊の産着まで。

「面倒をおかけしますが、その箱に入っているものは、別に焼却していただけますか」

落ち着いた声に、ドーラは再び驚いた。
無力だった冬の面影は、もうどこにもなかった。

トリエ伯爵夫人からの返事には、皇帝の約束が記されていた。

離婚を静かに終わらせること。
バスティアンに不利益は与えず、失墜した名誉の回復にも力を貸す。
皇室と縁を切るというオデットの意思も尊重する——十分に満足のいく交渉だった。

読み終えた手紙は、細かくちぎられ、炎に消えた。

裏庭のかがり火に、ドーラが箱の中身を収めていく。
その手つきは、とても細やかで丁寧だった。

炎が上がるのを見届けて、オデットは踵を返した。

残るはただ一つ。

バスティアンの目を欺く、芝居の役者となることだけだった。

極限の中へ

バスティアンは、冬の暮れる風景の中を走っていた。

海軍省を大きく一周し、体育館へ入った。

肩の怪我で下げていた重量を戻し、バーベルを上げる。
手に余る重さでも、諦めなかった。

極限の苦痛は、むしろ歓迎すべきものだった。
それに集中している間だけは、雑念が消えるのだから。

ケラーの封筒は、会議から戻った机の上に置かれていた。

写真一枚と、短いメモ。

それだけで、状況は理解できた。

——メイド長が、トリエ伯爵夫人に会った。

20年近く見てきた顔だ。見間違うはずがない。

導き出せる結論は、一つしかなかった。

……オデット。

その名を心の中で繰り返すうちに、夕暮れが、すべて赤く染まった。

変更された任務

長いシャワーを終えると、そのままラッツ都心の金融街へ向かった。
会社の建物は、今日も灯台のように明るく輝いていた。

執務室に上がり、秘書からいくつかの報告を受ける。
いつもと変わらない夕方だった。

一通り聞き終えると、、バスティアンはタバコを一本咥えたまま、受話器を取った。

——「はい、ケラーです」

「バスティアン・クラウヴィッツだ。任務が変更になった」

深く吸い込んだ煙とともに流れ出た声は、
窓の外の闇のように、低く沈み込んでいた。

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