🌹 本記事は、『この結婚はどうせうまくいかない』原作第7巻・終章をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分や必要な箇所では、原作の表現を引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
※地名・人名について:本作には現時点で原作小説の公式日本語翻訳版がないため、地名・人名などの固有名詞は原文をもとに当サイトで日本語表記しています。今後、公式日本語版で異なる表記が採用される可能性があります。
終章|風はかつて吹いていた場所へと帰っていく 07
カッセルは遂にすべてを知る。
皇太子の死、そしてマウリシオの妻が密かに送り届けた一枚の新聞の切り抜き。
そこに書かれていたエスカランテ小公爵夫人が誰なのかを理解した瞬間、
彼の中で何かが決定的に壊れる。
自分が海の底で眠っていた三十三日、イネスがたった一人で何と戦っていたのか——。
皇太子殿下が、亡くなられました
ここでは話しにくいとでもいうように、マウリシオは船室へ戻ることを促した。 それでもしばらく躊躇した末、ようやく口を開く。
「……皇太子殿下が、亡くなられました」
「……何だと?」
補給船から入った知らせでは、それだけだという。
何らかの不祥事によるものだ、ということだけが知らされ、何があったのかは明かされず、どのように亡くなったのかさえ伏せられていた。
まるで、内陸の情報が届かないよう徹底して統制しているかのように。
「私も、妻とノリエガ大佐がいなければ、何が起きているのかまったく知ることができなかったでしょう」
マウリシオは懐から、折り目のついた一通の封筒を取り出した。
そして手紙の中に隠されていたものを、慎重に広げる。新聞の一部を切り抜いたものだった。
差し出そうとしながらも、すぐには渡せない。
そんな代物であるかのように手元へ留め、不安げに見つめながら彼は続けた。
「……妻が泣きながら手紙を寄越しました。悔しくて耐えられないと。これを見てほしい、今メンドーサで何が起きているのか知ってほしい、と」
軍にはこの情報が届かないだろうからと、すべてを巧妙に隠して送ってきたのだという。
それでも、大佐には必ず知っていただかなければならないことだと。
妻が手紙を出した時点では、皇太子はまだ生きていた。
軍へ崩御が伝えられたのは、それからかなり後のことだったという。
ただ、ノリエガ大佐から密かに入った情報では——。
理由の分からない不吉な予感が、カッセルの背筋を走った。
「ノリエガ大佐が密かに伝えてくれたところでは、皇太子殿下は――『カッセル・エスカランテ戦死の報せが伝わった後、怒り狂った群衆に踏み殺された』とのことでしたので……」
「中でも、この令嬢の声明文がかなり有名になっているそうです」
緊張で強張ったマウリシオの手から、カッセルは新聞の切り抜きを受け取った。
本当に——君なのか
『……オルテガはいま戦時下にあり、我々すべてが心から敬愛するエスカランテ大佐は、今なお戦場にあります。その一方で、皇太子殿下がなされたことといえば、戦場にいる臣下の妻を、メンドーサで我が物にしようと画策されたことでした——』
自分の名などどうでもよかった。
流していた視線が、その下で止まった。
エスカランテ小公爵夫人。
皇太子の寝室。
血まみれ。
近衛兵たちに引きずられながら、足を引きずり、今にも倒れそうになりながら自ら歩み出てきたという。
薄い新聞紙を握る手が震え始めた。
全身から、みるみる血の気が引いていく。
ここに書かれているエスカランテ小公爵夫人が。
自分の妻が。
本当に——君なのか。
愚かな問いが、頭の中を何度も巡った。
本当に、これが……君なのか……。
腕。脚。胸。
抵抗する力を奪うためにつけられた傷と、そこに別の目的が入り混じった傷。
殺人よりましだと言えるところなど、ひとつもなかった。
カッセルの視線は、何度も同じ場所を彷徨った。
読み進めようとしては戻り、また同じ文字を追う。
破れたアンダードレス一枚で、全身を血に染めたまま連行されたこと。
その行き先が、殺人犯や強盗まで収監されるベルグラーノ要塞だったこと。
ベルグラーノだと。
正気なら、そんな場所へ送るはずがない。
カッセルはテーブルの角を強く握りしめた。
視界が滲んでいた。
そして、吐き気がするほど酷悪な文字を追ううちに、ようやく理解した。
治療すら受けさせてもらえなかった。
斬られ、刺された傷口を開いたまま牢獄へ連れていかれ、さらに拷問まで受けた。
君が。
イネス、君が死にかけていたのだと……。
世界に、これほど自分とかけ離れた言葉があるだろうか。
彼女がすでに何度も死を経験してきたことを知っていても、その死を決して当然のものとして受け入れられないのと同じだった。
子を宿した女性を。
いや、子など宿していなかったとしても。
どうして君を。
君ではない、どんな女性であっても理解できない。
そして、君だからこそ、なおさら理解できなかった。
なぜ。
どうして君が。
理解できないという、そのことだけで——
狂ってしまいそうだった。
身体の外に置かれた心臓
カッセルは赤く血走った目を閉じ、また開いた。
彼女の手を握ることさえ、その手を傷つけてしまうのではないかと怖くなることがあった。
ほんの少し呼吸が乱れただけで、心臓が底まで落ちていく。
いや——そんな一時的なものではなかった。
いつからだろう。
イネスを見るたび、自分の命を身体の外へ出したまま生きているような気がしていた。
どこかの寓話に出てくる、心臓を身体の外へ取り出した男のように。
心臓さえ外で動き続けているなら、この身にどんな災いが降りかかろうと死にはしない。
そう信じていた男は、やがてその心臓を誰かに傷つけられることが怖くなり、森へ戻って一生その周りを彷徨い続けた。
そうだ。自分も同じなのだ。
イネスは、もう身体の中へ戻すことのできない自分の心臓だった。
彼女が傷つけば、自分も潰える。
彼女がいなくなれば、自分の生もそこで終わる。
そう考えれば、ようやくすべての辻褄が合うような気がした。
もしかすると僕たちは、最初からひとつとして生まれるべきだったのに、
無理やりふたつに引き裂かれてしまったから——こんなにも苦しいのではないか。
いつの間にか、カッセルの顔は涙に濡れていた。
けれど、自分が泣いていることにすら気づいていないようだった。
首ががくりと落ち、身体から力が抜ける。
かろうじてテーブルについた右手だけが、その身体を支えていた。
もう二度と、この手で殺すことすらできないのか
やがて、瞳に凄まじい怒りが燃え上がった。
最初に証言した者たち。
皇太子の犬どもと、その妻。
イネスの全身に残された刺傷。
——『彼らは、従兄の妻を強姦しようとした主君の醜行を隠すため、無実の女性に血を流させたばかりか、出征中の夫を裏切って不義を働いたという汚名まで着せました』
そして、それが今やイネス・エスカランテの裁判で「証拠」とされている。
その文字を目にした瞬間、カッセルの脳裏に、己の剣でオスカルの顔をずたずたに切り刻む光景が浮かんだ。
(ああ。もう二度と、あのクソ野郎をこの手で殺すことすらできないのか)
乾いた唇から、空虚な笑いが漏れた。
けれど何より胸を抉ったのは、イネスが自分の手で自分を救ったという事実だった。
女の腕力で。驚くほど強靭な意志で。自分自身を守るために剣を振るった。
その勇敢さを讃えるどんな言葉も、今のカッセルには骨の髄まで突き刺さる刃のようだった。
君を誇らしく思わないからではない。
僕自身が、あまりにも情けないからだ。
君の髪の毛一本すら守ってくれなかった
たかがオルテガのために、君をあの底なしの沼へ残してきた。
君が冷たい牢獄で血を流しながら、僕たちの子供と自分自身を守って戦っていたその時——
僕は、たかがオルテガのために勝利を手に入れようとしていた。
そして、その代償に、
君へ、自分の死を送りつけた。
自力ですべてを乗り越えた彼女に、自分が最後に届けたものが、よりにもよって夫の戦死通知だった。
「あなたの名が皇太子を討ち取ったも同然です」
マウリシオはそう言ったが、今となっては笑い話にしか思えない。
そんな栄誉を、自分が受け取っていいはずがなかった。
あの日、イネスがその手で握った剣にすら、自分は及ばなかったのだから。
僕たちのためだったとしても。
誰にも僕たちを傷つけられないようにするためだったとしても。
結局——。
僕の存在なんか。
ここで命を懸けて手に入れた僕の威名なんか。
メンドーサにいる君の髪の毛一本すら守ってくれなかったじゃないか。
結局、何の意味もなかった。
僕が君のそばにいるべきだった。
君から離れるべきではなかった。
一刻たりとも、君を僕から引き離してはいけなかった——。
子を宿した身体で、剣に斬られ、刺され、そのうえ君自身が剣を握らなければならなかった。
たとえ君が、世界で最も取るに足らない男と結婚していたとしても、こんな目には遭わなかったはずだ。
(もしかすると、父上の言うことを聞くべきだったのかもしれない)
(君の父上の言うことも……)
たとえ戻れたとしても、彼女の顔を見る自信がなかった。
生きている。
もうすぐ帰る。
あれほど勢いのまま書き殴って送りつけた手紙さえ、今となっては笑い話のように思えた。
罪悪感に押し潰され、息をすることさえ苦しい。
いっそ、息などしたくなかった。
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……カッセル
本人はこれ以上ないほど真剣なのですが、すべての顛末を知っている読者からすると、この壮絶な一人芝居はどこかシェークスピアの喜劇を見ているようでもあります(笑)
📖 作品情報・配信プラットフォーム
この結婚はどうせうまくいかない 이 결혼은 어차피 망하게 되어 있다
日本語版漫画
韓国語版(原作)
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