この結婚はどうせうまくいかない 原作3巻9章⑯|問題がないように見えることが、問題【ネタバレ】

この結婚はどうせうまくいかない 原作3巻9章⑯|問題がないように見えることが、問題 この結婚はどうせうまくいかない

🌹 原作小説『この結婚はどうせうまくいかない』原作をもとに、物語の流れと人物心理を整理しています。会話部分は原作の表現を引用する場合があります。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。

ずっと、人を駒としてしか見てこなかった。
家族も、友人も、部下も。愛した相手さえも。

——イネス様がお幸せなら、それで十分なんです。

その言葉に、忘れていた顔が浮かんだ。

あらすじ|火種はどこにでもある⑯

ラウルの言葉に、イネスは自分がどれだけ変わってしまったかを突きつけられる。

六歳で人生をやり直して以来、人を駒としてしか見てこなかった自分。
ところが今は、最初に死んだ日、最後まで近くにいてくれた人たちの顔、それらが鮮明に蘇ってくる。

カルステラで自分がよく笑うようになったことも、ラウルは指摘する。

問題がないように見える——それこそが、離婚するつもりのイネスには問題だった。

人が人として見えなくなっていた

六歳で人生をやり直してからというもの、イネスは人を駒としてしか見なくなっていた。

家族も。友人も。部下も。憎んだ相手も。愛した相手も。
誰もが盤上の駒に過ぎなかった。

二十六歳まで生きた。十六歳に戻って二十歳まで生きた。そしてまた六歳に戻り、今は二十三歳。罰を受けるように何度も同じ場所を歩いてきた。

それでも、人を思いどおりに操れるなどという傲慢さは、最初からなかった。
時には、自分自身さえチェス盤の歩兵の一つに思えたからだ。
人を利用することは、泥棒が盗みを考えるくらい自然になっていた。

「……でも、どれだけ善人になろうとしても、本性までは変えられないのね」

「そんな私が、罪悪感だなんて……」

裏切り者ね、ラウル

「裏切り者ね、ラウル」

「ご主人様のお幸せを願うことが裏切りなら、私は喜んで国賊になります」

「イネス様がいなければ、大尉様はとっくに生きる気力を失っておられます。魂なんて、もうイネス様のところに置いてこられたようなものです」

「くだらないことを言わないで。そんなふうに飾り立てて、私へ押しつけないで」

「飾り立てる必要などありません。エスカランテ大尉は、そのままで十分立派なお方です」

エスポーサで育った使用人でもない。エスカランテ家の人間でもない。よりにもよってラウル・バランが、そんなことを言っている。

彼女の賢い犬は、どこか壊れてしまった。
いや——もう彼女の犬ですらなかった。

まるでカッセルが川向こうから、奪った犬を連れて手を振っているようだった。

忘れていた人たち

「私もフアナも、それだけなんです。イネス様がお幸せなら、それで十分なんですよ」

その言葉に、別の顔が浮かんだ——ペレスのフアナ。侍女たち。メンドーサ宮廷で崩れていく彼女を支えていた、最後の細い糸。

彼女たちは泣きながら見守ることしかできなかった。壊れていくイネスを。
最後まで。

そして、自分が死んだとき——彼女たちは、あの亡骸をどう見つめたのだろう。
ラウルは、どう片づけたのだろう。

胸の奥で、罪悪感が膨らんでいく。

それはもう、カッセルだけへのものではなかった。
フアナへ。ラウルへ。あの頃、自分のそばに残ってくれた人たちへ。

——初めて死んだあの日。

最後まで近くにいた人々の顔を、こんなにはっきり思い出したことはなかった。
オスカルの狂気も、家門の没落も。それ以外の出来事は、ずっと昔に読んだ物語のようにぼやけていたのに。

エミリアーノと子どもを失って以来、悲しみも絶望も罪悪感も後悔も、全部彼らだけに向けられていると思っていた。

けれど今は違う。

忘れていた名前の一つ一つにまで、罪悪感がまとわりついている。
イネスにはもう分からなかった。カッセル・エスカランテが、自分に何をしてしまったのか。

ずっと夜のように暗かった世界が、不意に明るくなり、見たくなかったものまで見えるようになってしまった。見えないままでいられたなら、そのほうが楽だったのに。

問題がないように見えることが、問題

「あなた、本当に私の幸せが何なのか分かっているの?」

私の幸せは、そんな簡単なものじゃない。穏やかで、平凡で、誰もが願うようなものではない。私は、そんな幸せを手に入れる資格なんてない。必要ですらない。

そこまで浮かんだ言葉を、イネスは飲み込んだ。

「正直、高貴な方々に何が必要なのか、私には分かりません」
ラウルは少し困ったように笑った。

「ですが、ここへ来られてから、イネス様はよく笑われるようになりました。ペレスでは、一度も見たことのないお顔でした」

「私の顔の何が問題なの」

「問題がないように見えることが、問題なんでしょうか」

イネスはその言葉を静かに繰り返した。
(そんなはずない。)
問題なら、山ほどある。

「だから、お二人が一緒にいらっしゃるのが嬉しいんです。とても幸せそうですから」

百年経っても、こんな夫婦はいない。そんな大げさなことを平然と言う。
けれど、その目だけは本気だった。

そして——イネスとの約束より、自分が正しいと思うことを選ぶ頑固さも。

ラウルは昔と同じラウルなのに。もう、昔と同じではない。
まるでカッセル・エスカランテが、彼女の計算を一つずつ壊していくようだった。

自分がしようとしていたこと

「イネス様にも、本当の家族を持っていただきたいんです。ヴァレスティナで得られなかったものより、もっと温かい家族を」

(私たちは、そんな家族にはなれない。)

「カッセル様は、イネス様の弱さを利用するような方ではありません。利用するなんて、そんな発想すらなさらないでしょう」

イネスはぼんやり考えた。
自分は、どうしてここにいるのか。
カッセル・エスカランテと結婚するため。そして、いつか離婚するため。
ずっと、それだけだった。

なのに今、その単純な本音が、胸を締めつける。

弱点を利用するなど考えもしない男だ。その男に対して、自分がしようとしていたことは——彼がいつか利用できる弱みを見せるのを待ち続け、数年という人生を奪い、最後には離婚することだった。

一つお願いがあります

「あの方は、きっと誰より献身的なご主人になります」

ラウルはまっすぐイネスを見た。

「同情だからではありません。イネス様が壊れそうだからでもありません。ただ——イネス様を大切に思い、愛しておられるからです」

そして静かに立ち上がる。

「ですから当分の間は、イネス様ではなく、イネス様の結婚生活に全力を尽くします。大尉様が、イネス様を笑わせてくださる限り」

「私が笑うのを我慢したら?」

「できるなら、もっと早くそうなさっていたでしょう」

「消えなさい。エスカランテの犬」

「つまり、我慢しておられるんですね。本当は笑いたいと」

「カッセルって……あの人、呆れるようなことばかりするから。結局、呆れて笑ってしまうのよ」

「ええ。呆れ果てて、笑うしかなかったわけですね」

「生意気ね」

「その生意気な従僕から、一つお願いがあります」

「嫌よ」

🌹 更新情報は @koyakoya0515 でもお知らせしています

📖原作3巻9章|火種はどこにでもある

◀ 第9章⑮|エスカランテの犬(前の記事へ)

▶ 第9章⑰|(※更新予定)

📖 今回のエピソード対象範囲

プラットフォーム対象話数
ピッコマ・LINE漫画・COMICO第48話相当
めちゃコミ第49話相当(推定)

この作品が好きな方におすすめ

K-NOVEL FAN BOOKSHELF この結婚はどうせうまくいかない 本棚ページを見る
PR
ピエール・エルメ・パリ