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🌹 本記事は『泣いてみろ、乞うてもいい』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。本文中の会話・心理描写・印象的な表現については、原作の表現を適宜引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
食卓の端に置いた束
また一通、カイルから手紙が届いた。
今度はかなり分厚い。
秋から冬まで、郵便配達夫はビルに頼まれ、カイルから届く手紙をレイラには渡さずにいた。
だが、いつまでも隠し通せるはずがない。
ビル自身も、それは分かっていた。
小屋へ戻ると、これまで隠してきた手紙の束をすべて引き出しから取り出した。
事実を知れば、レイラは失望するだろう。
怒るかもしれない。
それでも、もうこのごまかしは続けられない。
紐で束ねた手紙を、食卓の端に置いた。
——今日の夕食で話そう。
どう考えても、レイラ自身に選ばせるのが正しい。
そして彼女が何を選ぼうと、その決断に従うつもりだった。
忌々しい化け物
夕食にさばく太った鶏を一羽選び、ビルは温室へ向かった。
花壇の手入れを終え、薪を割ろうと倉庫へ向かう途中、友人の飼育係から声をかけられる。
「頼むから発電機の横に薪を積んでおくなと、執事の言いつけだぞ」
——忌々しい化け物が、本当に大した身分になったもんだ!
ビルの眉間に深い皺が寄った。
邸宅に電気が入り、倉庫には発電機が据えられていた。
だがビルにとっては、轟音を響かせる気味の悪い代物でしかない。
扉を開けるなり、その耳障りな音が鼓膜を打った。
今日はいっそううるさい。
ビルは忌々しげに発電機を睨みつけ、その横へ薪を積み始めた。
こうして壁を作れば、少しは音が和らぐ。
さらに奥の薪まで運び、唸り続ける発電機の周囲へ積み上げていった。
——古き良き時代だった。
大奥様が口癖のように言うその言葉に、今日ばかりはビルも心から同意した。
良い日だと思った
休暇を前にした子供たちの反応は、両極端だった。
飛び上がって喜ぶ子もいれば、ひどく悲しむ子もいる。
一番深く落ち込んでいたモニカは、
今日もレイラのスカートいっぱいに涙の跡を残して帰っていった。
何度も振り返り、手を振り、それでもまた泣きながら遠ざかる小さな姿へ、
レイラも長く手を振り続けた。
この学校を去ることが、あの子に大きな傷を残すのではないか。
それだけが気がかりだった。
——転勤する前に、一緒に過ごした子供たちには、きちんとお別れを言おう。
今日は鶏を焼くから、いつもより早く夕食の支度を始めなければならない。
帰りにおじさんの靴下とセーターを買って、それから二人で飲む良いワインも一本。
次の学期から別の都市で働くと話せば、おじさんはきっと寂しがる。
仲直りの一杯が必要になるかもしれない。
靴を履こうとして、レイラはふっと笑った。
——そんなことで持って帰れないとでも思うのか?
慈善公演の夜。
ベンチの前に立った公爵の、他愛ない一言が蘇った。
あの人が、あんな冗談を言えるなんて。
棺に入るその日まで、冗談の一つも言わない男だと思っていたのに。
全世界が静寂に包まれる季節のせいだろうか。
あの男との関係も、最近は不思議なほど穏やかだった。
最初はその静けささえ怖かった。
けれど、いつからか安心するようになった。
理由は分からない。深く考えたくもなかった。
ただ単に、自分への興味を失ったのかもしれない。
それなら、それこそレイラが望んでいたことだった。
籠いっぱいに買い物を詰め、嵩張るものは自転車の後部座席へ縛りつけた。
「気をつけなさい、レイラ!
転んで酒を割ってしまったら、ビル・レマーがわんわん泣くかもしれないぞ」
食料品店の主人のつまらない冗談に、レイラは快活に笑った。
風は冷たい。けれど日差しは澄み、暖かかった。
遅い午後の金色に染まった街を、自転車で駆け抜けていく。
良い日だと思った。
——アルビスに入る、その前までは。
崩れた天国
「レイラ! レイラ!」
公爵邸へ向かって走る消防馬車を見て、自転車を止めた。
その瞬間、涙でぐちゃぐちゃになったモナ夫人が駆け寄り、レイラの手を掴んだ。
温室の方角から煙が上がっている。
「まさか、火事ですか?」
「それよりも大変なことよ! 発電機が爆発してガラス温室の半分が崩れたのだけど、それが何とレマーさんのせいだと言うのよ」
「え? ビルおじさんが、どうしてですか?」
大奥様も怪我をした。
邸宅中がひっくり返るような騒ぎになり、警官たちが今、ビルを——。
「おじさん!」
車へ乗せられようとしているビルを見つけ、レイラは駆け出した。
呆然としていたビルも、レイラと目が合った瞬間、戸惑いを浮かべた。
「これは一体どういうことですか? おじさんのせいだなんて、違いますよね? 誤解なんですよね?」
「大丈夫だ、レイラ。大丈夫だ。大したことはない」
無理に笑おうとしているその顔は、真っ青だった。
「そこを退いてください」
警官に命じられても、レイラは動けない。
モナ夫人が慌ててその身体を引き寄せた。
「おじさん!」
後部座席へ押し込まれながら、ビルは「早く退け」と言わんばかりに必死で手招きをした。
それでも、泣きそうな笑顔を作り続ける。
「家に行っていなさい!
私、私もすぐに帰るから、心配するなよ。分かったな? レイラ……」
何かを言おうとした唇は、荒々しく車内へ押し込まれて見えなくなった。
レイラの叫びを残し、車はアルビスを去っていった。
その場によろめいて座り込んだレイラを、使用人たちが助け起こす。
身体を起こした、その時。
レイラは見た。
——邸宅の玄関、その階段の下に立つヘルハルト公爵を。
もしかしたら、目が合ったのかもしれない。
けれど次の瞬間には熱い涙が溢れ、もう何も見えなくなった。
騒動の過ぎ去った陰鬱な冬の夕暮れに、レイラの泣き声だけが長く響いていた。
できることは、何もない
警察署を出たレイラは、ひどくやつれていた。
正気を取り戻すなりビルの連行先まで追いかけたが、できることは何もなかった。
薪に囲まれた発電機が過熱して爆発した。
倉庫の壁が崩れ、その残骸が温室のガラスを破壊した。
よりによってその時、大奥様はその壁のそばで花壇を手入れしていた。
女中が身体を張って庇ったため、ガラスによる傷は深くない。
だが、転倒した際に骨を折ってしまった。
そしてアルビスの「天国」と称えられていた美しいガラス温室と、
そこに集められた珍しい花々も、取り返しのつかないほど壊れていた。
「レマーさんが意図したことではないとは分かっているが、既に起きた事故である以上、罪がないとも言えないのだよ」
面会まで手配してくれた警官も、それ以上のことはできなかった。
「ヘルハルト公爵家が善処するという意向を持てばまた別だが、
そうでない以上は、私たちにもできることはないのだよ」
レイラは縋るように尋ねた。
「もし罰を受けることになったら、おじさんは本当に刑務所へ行くのですか?」
「それはまだ確実ではないが、訴訟にはかなりの時間と費用がかかるだろうし、弁償をきちんとすることができなければ、おそらく……」
そこで言葉は途切れた。続きを聞かなくても、その意味は分かった。
灯りのついた離れ家
どうやって歩いているのかも分からないまま、レイラはアルビスへ戻った。
今、自分にできること。
それは、公爵家の温情を請うことだけだった。
でも、そんなことができるだろうか。
大奥様が怪我をした。
彼女が愛していた温室も壊れた。
こんな時に押しかけて懇願し、かえって事態を悪くしてしまったら……おじさんは。
暗闇の向こうに佇む邸宅を見つめていたレイラの瞳に、ふいに微かな光が宿った。
——ヘルハルト公爵。
——あの男なら。
このアルビスの主である男の顔が、邸宅の灯りの中に浮かび上がる。
これまでレイラにとって、不快で恐ろしいだけの存在だった男。
けれど、この秋。
彼が見せた、いくつもの見慣れない姿。
傷を手当てした手。
泣いている自分を抱いていた腕。
公会堂で見せた笑顔。
初雪の夜、何もせずに自分を解放したこと。
——もしかしたら、公爵なら。
祈るように組んだ両手を強く握りしめた。
そしてレイラは、冬眠に入ったバラ園を突っ切った。
夢中で森の道を抜ける。
川辺へたどり着いた時、荒い息とともに白い息がこぼれた。
その向こうに見えた。
川岸の離れ家。
灯りが、ついている。
その光に向かってレイラは今、走り始めた。
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