何がバスティアンを追い詰めたのか⑰|87話 ローザンヌ行きの特別列車 ─ 出発の朝と、駅の歓声

何がバスティアンを追い詰めたのか⑰|87話 ローザンヌ行きの特別列車 ─ 出発の朝と、駅の歓声 原作本編

🌹 本記事は『バスティアン』原作87話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。

海軍祭の朝が来た。

バスティアンは制服を纏い、
ロヴィスは涙をこらえ、
屋敷の使用人たちは賭けの行方を見守っていた。

そしてラッツ駅では、
クラウヴィッツ家と英雄を一目見ようとする群衆が押し寄せていた。

出発の朝、ロヴィスの涙

身支度がほとんど終わる頃、ロヴィスが寝室を横切ってきた。
しわの刻まれた顔には、喜びの笑みが満ちていた。

「本当に嬉しく、誇りに思います。天国にいらっしゃるお祖父様とお母様も、同じ気持ちで旦那様を見守っていらっしゃることでしょう」

「なんだか背筋がゾッとする話ですね」

バスティアンの顔には、少年のような茶目っ気がにじんでいた。
やや意地悪な発言に一瞬ひるんだロヴィスも、結局は苦笑いしてしまった。

十四年。
その長い歳月、ロヴィスは一番近くでバスティアンを見守ってきた。

わずか十二歳の年齢で、すでに大人になっていた子供だった。
外見以外には、父親と似ている点は何もなかった。

バスティアンは、数えきれないほどの傷と試練を克服しただけでなく、見事なまでに目覚ましい成果まで成し遂げた。
誰にも似ていない傑物だとロヴィスは確信できた。

しかしバスティアンの人生は、自分の存在価値と有用性を証明し続ける過程の連続だった。

優等生。名誉ある軍人。有能な事業家。

誰よりも華々しい修飾語を持っていたが、
それらを取り払った人生は、虚ろで空っぽなだけだった。

しかし、オデットが、その虚無を満たした。

ロヴィスは、もはやその事実を疑わなかった。
最近のバスティアンは、年齢相応の若者のように見えた。

生き生きとして、活気に満ちていた。
奇跡のような変化だった。

用件を伝えたロヴィスは、最後にためらいながらバスティアンを引き留めた。

「もしかして……おっしゃいましたか?」

わけがわからないという表情のバスティアンに圧倒されたロヴィスは、適当に状況を収拾した。
バスティアンは軽く笑い飛ばした後、寝室を後にした。

ドアが閉まると、従者たちは一斉に残念がるため息をついた。

旦那様は、一体いつになったら奥様に一緒に行こうと告白をするのか。

屋敷の使用人たちは、その時期を巡って賭けをしていた。
バスティアンが宝石店に注文しておいた指輪を受け取ってきたという噂が広まってからは、熱気が一段と高まっていた。

「賭けをしている君たちほどではないさ」

ロヴィスの鋭い一言に、従者たちの視線が揺らいだ。
主人の寝室前の廊下を通り過ぎながら、ロヴィスはふと思った。

賭けをするなら一日を選ぶだろう、と。
愛の前では不器用な少年になってしまう英雄への、祝福の言葉だった。

テオドラとフランツ

ラッツ駅の貴賓待合室は、
ローザンヌ行きの特別列車を待つ乗客で賑わっていた。

「笑っていなさい、フランツ。誰かが見たら、まるで葬式にでも行くように思われるわよ」

テオドラは声を落として息子を叱った。

「ローザンヌまで行く必要のないことでした。みんなが私たちをちらちら見ています。
犬猿の仲になったことを社交界の誰もが知っているのに、私たちが自らバスティアン・クラウヴィッツの英雄遊びに拍手を送るために、わざわざ出向いたのですから」

フランツの顔は羞恥心で真っ赤になっていた。

救いの光であったダイヤモンド鉱山は、あの汚らわしい野郎が仕掛けた罠だった。
その証拠を手に入れた日に、母はクラウヴィッツ家の海軍祭出席を決定した。

「良い武器を手に入れたなら、辛抱強く待つことも覚えなければ」

じっとフランツを見つめていたテオドラは、眉をひそめた。

オデットは確かに使える子だった。
しかしオデットがやり遂げたのは、バスティアンが油断したからだと考える方が妥当だろう。

テオドラを最も驚かせたのは、まさにその事実だった。

ひとまず手札を隠すことにしたのは、そのためだった。
もしかしたら、バスティアンから受けた屈辱の何倍も返してやる機会かもしれないからだ。

「せいぜい英雄ごっこをいくらでも楽しませておいてあげなさい。
どうせ、私の息子が英雄に勝つことになるのだから」

「一体どういう意味ですか?」

「今こそ、お前がバスティアンのライバルとして立ち上がる時なのよ」
「これくらいの覚悟もなく、バスティアンの妻を欲しがったわけではないと信じているわ。奪いたいなら、強くなりなさい。獣ですら、気に入ったメスを手に入れるためには命を懸けて戦うものよ」

「あの女性をそんな風に言わないでください!」

素早く周囲を見回したフランツが必死に訴えた。
自分だけの切ない純情が、あまりに情けなくて、思わず失笑がこみ上げた。

「ほら、エラが来るわ」

フランツの婚約者であるクライン伯爵家の娘エラが、
母親とともに貴賓待合室に入ってきたところだった。

その光景を見たフランツの顔色が、目に見えて暗くなった。

「まずはエラ・クラインを満足させなさい。
そうすれば、あの女を奪うための武器を持たせてあげるわ」

フランツはぼう然としているだけだったが、
テオドラはすでに息子の答えを知っていた。

バスティアンがどうか妻を愛していてほしいと願った。
そうすれば、フランツが収める勝利は、より一層輝かしいものになるだろうから。

ラッツ中央駅の歓声

バスティアン・クラウヴィッツが現れた。

その知らせを聞きつけた見物人が押し寄せたラッツ中央駅は、
足の踏み場もないほど混雑していた。

バスティアンとオデットは、
秩序維持のために派遣された警官たちの助けを借りてプラットフォームに入った。

彼らを見た群衆の歓声が、駅を行き交う汽車の騒音を圧倒した。

バスティアンは、オデットを包み込むようにしながら人混みの間を通り抜けた。
まるで凱旋行進をするかのようだった。

海軍省の都合の良い宣伝物。
バスティアンは、自分に与えられた役割が何であるかを正確に理解していた。

トロサ海戦の勝利は確かに大きな功績だが、これほど大々的に掲げるほどの業績ではなかった。
ただ、海軍省は帝国艦隊の名声を高めてくれる英雄を必要としており、バスティアンはその目的に最も適した条件を備えていた。

そこに、娘の醜聞を覆い隠したいという皇帝の意図が加わり、
さらに話が大きくなった。

特別車両の前にたどり着いたバスティアンは、
まずオデットを乗車させてから、体をひるがえした。

帽子を脱いで頭を下げて見せると、見物人たちの歓声がさらに高まった。

宣伝物としての役割を無事に終えたバスティアンは、
ためらうことなく汽車に乗り込んだ。

土曜日の午前11時45分。
見送りの人々のせいで10分遅れで、ローザンヌ行きの特別列車が首都の中央駅を後にした。

線路に沿って霧散していく蒸気の向こうの空は、
英雄を送り出す空のように輝いていた


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