この結婚はどうせうまくいかない 原作7巻第16章-㉛あらすじ|彼の啓示が、すなわち彼女の啓示【ネタバレ】

この結婚はどうせうまくいかない| 原作7巻第16章-㉛あらすじ|彼の啓示が、すなわち彼女の啓示 この結婚はどうせうまくいかない

🌹 本記事は、『この結婚はどうせうまくいかない』原作第7巻・第16-2章をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分や必要な箇所では、原作の表現を引用しています。
ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。

第16章「川はみな海に注ぐが、海は満ちることがない㉛

「馬車を!」

涙の一滴も流さぬまま屋敷を飛び出したイネスが目指したのは、
メンドーサ郊外・ミセーレの小さな礼拝堂。

カッセルの手紙の束を抱えたまま、
彼女はただ一つの「確認」を求めて走る。

消えたニバルド

連日、皇太子の廃位を叫ぶデモが続く街道を、
エスカランテの紋章を掲げた馬車がせわしなく横切っていく。

いまや平民でさえひと目で分かるその紋章がなければ、自ずと道が開かれることはなかっただろう。
けれどイネスは、何の感興も残らない冷めきった顔で、ただ窓の外を眺めていた。

馬車が行き着いたのは、メンドーサ郊外の南部、ミセーレの小さな礼拝堂。
——『ニバルド』の家。

「ここで待っていなさい。ついて来ないで」

ラウルのエスコートも待たずに馬車を降りたイネスは、殺気立った気迫のまま礼拝堂へ入っていく。

誰もいない小さな礼拝堂。

祭壇の前でさっと十字を切り、ほんの一瞬だけ目を閉じる。

それがまるで「失礼する」という挨拶にすぎなかったかのように、イネスは大股で祭壇へ歩み寄り、
司祭だけが出入りする小さな扉を開け放った。

独り聖書を書き写していた司祭が、あまりの唐突さに呆気にとられて眉をひそめる。

「パドレ・ニバルドはどこにいますか——。」

許可なく立ち入ってよい場所ではないと咎める司祭に、
イネスはそんなことは今はどうでもいいと言い放ち、ついには悲鳴のようにその名を叫んだ。

「ニバルド。ニバルド。今すぐ出てきなさい——。」

神聖なる聖堂で正気かと、司祭は声を荒らげる。
既婚の身で祭壇の聖域へ踏み込むなど、信仰教理局に回されても言い訳はできないと。

イネスは嘲笑うように彼をちらりと見やり、口元だけを歪めた。
私はただ、パドレ・ニバルドに会えさえすればいい——。

けれど、返ってきたのは思いもよらない言葉だった。

「……一体さっきからお探しのパドレとは、どなたのことですか?」

我が教区に、そのような名前のパドレはいない。

確かに以前、自分に直接応対し、ニバルドを——アナスタシオを連れてきた、その男が、
一点の偽りも見えない瞳でそう言っている。

彼は本当に、記憶していないのだ。
誰かがその名前を『消した』かのように。

——消えたのね。もう。

彼の人生が、『再び』消え去った。

禁忌を破ったせいなのか。
『以前』のことを記憶していたからなのか。

——違う。そんなはずはない。
イネスは茫然と後ずさった。

私が、生きていても良いのだという確認を

扉を飛び出したイネスは、司祭たちの宿舎へよろめきながら走った。
傷めた足に引き裂かれるような痛みが走っても、それすら「自分は生きている」という実感を与えてはくれない。

あなたがいなくなってしまえば、カッセルは、
私のカッセルは、一体どうなるの。

慈愛に満ちた面持ちの老司祭に、イネスはすがりつく。

何でも差し上げます。何でも。
どうか彼に、もう一度だけ——。

けれど老司祭もまた、「ニバルド、とは」と首をかしげるばかりだった。

涙の一滴も流さぬまま泣いている、焦点を失ったオリーブ色の瞳の女性……。

——『旦那様の身に何かあったのですか』

静かに問う老司祭に、イネスは「違います。違うはずです」と繰り返した。

そうして次第に底へ沈んでいくような細い声で訴えた。

「私が、生きていても良いのだという確認を……パドレ……」

彼が生きているという確認を——。

それゆえに自分もまた、生きて待たねばならないのだという確認を——。

はじめは、あの使徒の首でも絞めて、
どんな理不尽な脅迫をしてでもカッセルを取り戻すつもりだった。

何度生まれ変わろうとも、そのたびに殺して、殺して、
地獄の果てで永遠を生きることになっても構わないとさえ。

あれほど、何をしてでも取り戻したいと願っていた。

——それなのに。

ニバルドが跡形もなく消えた今、
イネスに望めるものは、たった一つ——「確認」だけになっていた。

カッセルと繋がることのできる、ただ一つの絆が消えてしまったのだから。

もはやニバルドでなくてもよかった。
誰でもいいから、自分に言ってほしかった。

お願いだから——。

老司祭の衣を握りしめるイネスの手に、皺の寄った手がそっと重ねられる。

「あなたがニバルドを記憶できているということは、きっと彼が去り際にあなたを深く案じていたという意味なのでしょう」

そう囁いた老司祭は、静かに続けた。

「私たちの生は、手にしたり、捨てたりできるものではありません。耐え忍び、待つものなのです」

その待ち続けた先に、一体何があるのか。
そう尋ねる前に、イネスの身体は床へ崩れ落ちた。

主人を案じて後を追ってきていたラウルに支えられ、馬車へ連れ戻されてからも、
彼女はなかなか正気を保つことができなかった。

遺品と呼ばれた手紙の束

車輪がガタゴトと悪路を鳴らし、やがて村落の平坦な道へ差しかかる頃……。

イネスはふと、向かいに座るラウルの傍らへ目をやった。

カッセルの手紙の束。
取り乱したあまり、抱えたまま飛び出してきたのだった。

——ホセの傍らにいた将校は、あれを「遺品」と呼んでいた。

さっきまで聞こえていなかった言葉が、棘のように脳裏へ浮かび上がる。

——遺品

カッセル・エスカランテ・デ・エスポーサの、遺品。

「……こっちへ頂戴」

力なく膝に置かれた包みを、イネスはただ見つめることしかできない。

「……紐をお解きしましょうか?」

「…………」

「大佐のお手紙をご覧になれるように」

気遣うように尋ねるラウルに、彼女は答えられなかった。

あの紐が長く解かれて目の前に現れれば、自分はそのまま死を選んでしまうかもしれない。
その考えが実行に移るまでに、一瞬の思考さえ要らないだろう。

再び死ねない理由など、なかった。

——理由が……。

イネスは虚脱したように笑いながら、
数週間前とは明らかに違って膨らんできたお腹を、ゆっくりと撫でた。

——理由が、あった……。

今この身体で生きているのは、もう自分ひとりではない。
そのすべての苦難を耐え抜かせておいて、今になって自ら命を絶つわけにはいかなかった。

それが、あまりにも、呆気にとられるほど残酷だった。

それゆえに、思う。

彼はほんのしばらく、姿が見えないだけなのだと。
ほんの少しの間だけ……。

私は太陽だわ

私があなたを愛していることを、今ではあなたも信じているでしょう、カッセル。
あなたが死ねば、喜んで自分の命を絶って時間を巻き戻せるほどに、私があなたを——。

手紙の束にそう語りかけたイネスの頭の中で、彼の声が答える。

——『クソ食らえだ、イネス・ヴァレスティナ。
これは僕が想像した中で、一番おぞましくて胸糞の悪い愛の告白だよ』

そんな愛しか知らない私は、一体どうすればいいの。

——『そんなものが愛なら、もう僕を愛さないで。いつだってそうだったように、以前のように。
君が僕を愛してくれなくてもよかった。僕たちはそれでうまくいっていた。だから——。』

「私はもう、あなたを愛しているのよ。カッセル」

今の私は、あなたが望むことなら何だってできる。
あなたが望まないことだって、それがあなたのためになるのなら。

以前の私が返してあげられなかったものを、今度こそすべて返せるのなら。
この人生では、決してあなたを苦しめずに。

——『僕が死んでも、お願いだから何もしないでくれ、イネス。
あのクソ野郎を、自分の手で痛めつけたりしないと約束してくれ。
僕がどうなろうとも、君自身を傷つけないでくれ。君の人生を、台無しにしないでくれ。』

彼が最後まで何を望んでいたのか、イネスには分かっていた。

だからこそ、「今ならあなたが望むことをすべてしてあげられる」という言葉も、
結局は自分に言い聞かせていただけなのかもしれない。

私は、自分を傷つけずにいることが、あまりにも難しいの、カッセル。
何度生き直しても、たったこれだけのことが難しい。

私が、あの時あなたを選びさえしなければ。
私たちが、ああして再び出会っていなかったなら。

何百回繰り返しても、行き着く先は同じだった。
——私が、またあなたを台無しにしてしまった。

イネスは手紙の束に額を埋め、声もなく泣いた。
それでも、涙は出てこなかった。

愚かなエスカランテ。

あなたは、自分のために泣くことさえできない悪い女のために死んだのよ。
自分が死んでも涙の一滴すら流さない女を、「我が生命を照らす太陽」だなんて。

イネスは乾ききった顔で、泣きながら笑った。

そうよ。私は太陽だわ。
あなたをあの遥かな海で苦しめていた、あの忌々しい陽射しそのものだわ——。

世界が暗転した。
二度と、太陽が昇ることはなさそうだった。

今、子供が動いたわ

真っ暗に霞んだ視界の中で、イネスは何かに取り憑かれたように考えた。

この足で宮廷へ行って、オスカルを殺してやる。
八つ裂きにして、引き裂いて、そして私も死ぬのよ——。

息もできずに口の中で呟き続けていた彼女が、ふいに、ぴたりと動きを止めて顔を上げた。

じきに発作が起きるかもしれないと、すでに膝元へ控えていたラウルが様子を窺う。

「ラウル」

「……はい」

「今、子供が動いたわ」

ずっと沈痛だったラウルの顔に、かすかな光が染み込んでいく。

「私のお腹を、蹴飛ばしたみたい」

袖を握り締めるイネスに、蹴飛ばしただなんて悪い兆候では、とラウルは慌てるけれど。

「……とても良い兆候よ。元気だという意味だから」

あまりの呆気なさに、虚脱したような失笑が漏れた。

そして——

子供が信号を送ってくるその直前、自分は一体何を考えていたのか。

——鳥肌が立った。

自分を救ってくれという信号だったのだろうか。
忘れるなという悲鳴だったのだろうか。

生きているという感覚を忌み嫌っていた頭の中へ、今度は罪悪感が怒涛のごとく押し寄せる。

すべてをここまで引きずってきたというのに。
自分の中で、耐え忍べと言ったくせに。
どうか見捨てないでくれと、祈ったくせに。

産み落とす前に、そのすべての苦痛を与えておいて——ほかならぬ自分のほうが、この子たちを残して逝こうとしていた。

彼の啓示が、すなわち彼女の啓示

——『答えを得たよ。戦場へ出向いたなら、必ず戻ってくることになるだろうと』

そのとき脳裏に蘇ったのは、かつてカッセルが口にした言葉だった。

「再び立ち上がらせる」という使徒の使命から、
「再び立ち上がるだろう」という使徒の予言へ。

📖 この啓示がカッセルに示された場面はこちら
原作5巻14-13〜14|オスカルの罠とカッセルの覚悟

周囲の誰もが死地と考えた戦場へ、カッセルが自ら向かうことができた理由。

戦場へ行けば、自分は必ず戻ってくる——彼自身が、あの啓示によってそう確信していた。

そして今、その言葉がイネスの中で別の意味を持ちはじめる。

彼を立ち上がらせる。
再び目覚めさせるのだ。
死から立ち上がらせ、再び創り、連れ戻してみせる。

一瞬、これまで見たこともない、壊れた聖像の足の甲が頭の中に浮かび上がった。

イネスは、奇妙なほど鮮明なビルバオの幻覚をそっと撫でる。

それは頭の中へ刻み込まれるように深く焼き付いたかと思うと、
記憶として完全なものになるや否や、消え去った。

『あなたは、死んでいない。絶対に死んでいないわ。そうでしょう?』

重く沈み込んでいた緑の瞳が、鋭く閃く。

彼の啓示は、すなわち彼女の啓示であった。

もう、何に対しても答えを求める必要はなかった。

礼拝堂では、誰でもいいから「確認」をと縋っていたイネスだったが、
もう誰の確証も必要ではなくなった。

カッセルの人生が、決してあのような場所で終わるはずなどないのだから。

エル・コルテへ

——あなたは、私に決して手を汚すなと言ったわね……。

手紙を一つに縛った紐を撫でながら、イネスは顔を上げた。

ちょうどそのとき、御者が窓を叩いた。

皇太子廃位の暴動でアギラ通りは完全に麻痺し、デモ隊のせいで馬車の横転事故まで起きている。
時間がかかってでも安全に戻れるよう命じておきましたが、と報告するラウルに、イネスは短く告げた。

「いいえ。エル・コルテへ行って」

やがて馬車は、エル・コルテ通り——その名の由来そのものである、印刷所の前に停まる。

しばらくの沈黙の果てに、イネスは青白い唇を動かした。

——ドン・モラレスを呼びなさい。

「イネス・エスカランテが、本日エスカランテに届いた夫の訃報を、自ら直接伝えに来たと」

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→ 第16章-㉜|(※更新予定)

📖 カッセルの啓示はこちら
<原作5巻14-13〜14|「再び立ち上がらせる」使徒の使命と予言

📖 作品情報・配信プラットフォーム

この結婚はどうせうまくいかない 이 결혼은 어차피 망하게 되어 있다

原作CHACHA KIM 脚色CHOKAM 作画Cheong-gwa

日本語版漫画

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韓国語版(原作)

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