🌹 原作小説『この結婚はどうせうまくいかない』第3巻9章を高解像度あらすじ形式で構成しています。
本記事は、管理人ロゼの個人的な視点による考察を含みます。
本文中の会話・台詞は、原作の表現を引用する場合があります。
——昼過ぎ。
当直もない男が、官邸に戻ることなど滅多にない。
「私と結婚しようとしたのは、その男のせいなのか?」
戸口に立ち尽くしたまま、彼はそう言った。
あらすじ|火種はどこにでもある⑭
一日中、頭から離れなかった。
イネスの過去の「誰か」。
その男のせいで自分が選ばれたのではないか——気づけばカッセルは馬を飛ばし、応接室のイネスの前に立っていた。
見当違いの推測、遠回りの尋問、駆け落ちという冗談に国を失ったような顔。
やがて彼は謝り、「何発か殴って忘れてくれ」と言った。
そして明かされる、テラスでの怪我の真相。
興奮のあまりの事故ではなく——キスの規則を破ったことへの、自分で自分に科した罰だったことを。
ペレスの男がいたから、私を選んだのか
見当違いな推測だった。
ペレスの男など、以前の人生には存在しなかった。
それでも、イネスの鼓動は一瞬速くなった。
彼の顔は、夜明け前に見たあの表情のままだった。
防御もなく、弱さをさらけ出し、神経のすべてが彼女へ向けられている。
否定された衝撃でもなく、不満でもなく——どれほど傷ついても、答えさえ知ることができれば構わない、そんな顔。
「……いや、念のため聞く。あの頃からだったのか?」
「六歳の子どもに聞くことじゃないわね」
「可能性を消すことはできないから」
冗談めかした言葉に思わず笑いながらも、イネスは彼の目から視線を離せなかった。
僕のほうがずっと長いわけだな
「じゃあ、僕のほうがずっと長いわけだな」
そんな目をしておきながら、よくそんなくだらない勝ち負けを口にできるものだ。
それでもカッセルは、たったそれだけのことで少し嬉しそうに笑った。
「君が初めて僕を選んだのは偶然だったとしても、僕はその偶然に恵まれたということだ」
皇后陛下が見守っていた以上、選択肢などほとんどなかっただろう。
それでも幼い君は傲慢にも僕を指さした——あの時までも、僕は運が良かった、と。
けれど彼の言葉は、そこで止まらなかった。
公爵は結婚が壊れることを望んでいた。婚約は何度も破談の機会があった。
結婚式の一週間前ですら、君には選ぶ権利があった。
それでも頑なに婚約を守り続けていたのはイネスだった——あの日、初めて知ったのだ。
「あの頃の君は、僕を望んでもいなかったのに」
「……結婚相手としてなら、私はいつだってあなたを望んでいたわ」
カッセルの目元がわずかに歪んだ。
結婚相手としてなら——結局、そんな言い方しかできない自分に、イネスは珍しく小さな後悔を覚えた。
オスカルとは正反対の男
その瞬間、イネスの胸に引っかかっていた違和感が形になった。
かつて——皇太子は「他の男」という言葉すら許せない男だった。
離婚という言葉には狂ったように笑い、殴られるままだったくせに、他の男の話になった途端、壊しそうな目を向けた。
『きれいなお前の体に傷なんてつけられるものか』——その言葉だけは最後まで変わらず、だから暴力はすべて、別の形へ向かった。
イネスは、オスカルと血のつながった従兄とは思えないほど正反対のカッセルを見つめた。
彼の瞳も何かを押し殺している。
それでも、その矛先は決して彼女には向いていなかった。
——『私は絶対に君を傷つけない』
——『君がずっと僕を愛さなくても構わない。』
また、罪悪感だ。
それなのに、彼の前でだけは不思議なほど安心できた。
ここでは、自分は傷つけられたりしない。
そんな癖のような安心感と、説明のつかない信頼。
こんなにも善良で誠実な人を前にしながら、たった数言で、あんな男を思い出してしまったなんて。
「そうね。私は本当にどうかしてる」
一日中、そんなことばかり考えていた
それでもカッセルの想像は止まらなかった。
身分の違う男を守るために、自分と結婚したのではないか。
女遊びをする夫なら、その男の存在を隠せる。
結婚したあとも会い続けられるだろうから——。
「そんな考えばかり、一日中頭から離れなかった。君はまだ、その男を想っているんじゃないかって」
「ありえないわ」
「あるいは、そのために俺を選んだんじゃないかって」
どれも違った。
エミリアーノなら、二度と会うつもりはなかった。
オスカルなら、ただ殺したかった。
本当の理由——数年後に離婚するために彼を選んだという答えだけを、心の奥深くへ埋めたまま。
カッセルの推理は、全部外れている。
それでも、恐ろしいほど核心の近くを通っていた。
駆け落ちするのか?
「まさか、昔付き合っていた男と駆け落ちする計画、とでも?」
呆れ半分で問い返した冗談に、カッセルの瞳が揺れた。
「……駆け落ちするのか?」
さっきまで「計画」などと探っていた本人が、ひどく不安そうに尋ねる。
イネスは鼻で笑った。
「みっともなく逃げるなんて、どうして私がそんなことをしなきゃいけないの。どうしても行くなら、あなたと正式に離婚してからにするわ」
「……離婚?」
そんな言葉がこの世に存在することすら知らなかったような顔だった。
「それなら、助けてくれるの? 私がその人のところへ行けるように」
からかうつもりの一言に、カッセルは国を失ったような顔で固まった。
「私がそんなみっともないことをするような女に見える?」
「君なら、死んでもそんなことはしないだろうな」
沈んだ表情とは裏腹に、答えは冷静だった。
何発か殴って、忘れてくれ
「……ごめん」
彼が先に謝った。
君を変な女だと思ったわけじゃない、汚い女だとも思っていない、欠点を探したかったわけでも、傷つけたかったわけでもない——理屈は食い違っていたが、傷つけるつもりが一切なかったことだけは、痛いほど伝わった。
実際、傷ついていたのはイネスではなかった。
苦しんでいたのは、ずっと彼のほうだった。
「だから……何発か殴って、このことは忘れてくれ。イネス」
自分の愚かさを責めることより、彼女を安心させること——彼にとってはそのほうが、ずっと大事だった。
「嫌よ」
拒まれたカッセルは、そっと彼女の鼻先へ唇を寄せた。
殴ってくれないなら、せめて——。
イネスは離れていく唇を追いかけ、小さく口づけた。
夜明けまで彼女を抱いていた男が、初めて口づけされた少年のような顔をした。
深く重ねることも、息を奪うこともない、子どもの遊びのようなキスが続いた。
雪が溶けるように、彼の瞳は柔らかさを取り戻していった。
これは褒美だ、罰じゃない
「……これはまるで褒美だ、イネス。罰じゃないぞ」
「罰なら昨日、自分で十分受けたでしょう」
イネスが包帯の巻かれた手の甲を叩くと、カッセルは静かに笑った。
「これは別の罰だ。ずっと前から決めていた。君が『やめて』と言ったことをした罰だ」
——舞踏会でのキス。
あの時から、決めていたルールを破るつもりだった。そしてルールには罰が必要だから。
テラスの怪我は、興奮のあまりの事故ではなかった。
自分で自分に科した代償だった。
「君を軽んじて約束を破ったんじゃない。それでも破らずにはいられなかったんだと、君に伝えたかった。だから、あれは謝罪でもあった」
たった唇を重ねるためだけに、手を傷つけた男。
一人で突き進み、一人で傷つき、代償まで払う。
まるで自分を罰することと自分を傷つけることが、同じ価値を持つかのように。
「だから今度は、別の罰をくれ。イネス」
直接殴ってくれていい。手が嫌なら、踏みつけてもいい。
昼下がりの応接室に、物騒な言葉がごく真面目な顔で落ちていく。
イネスは眉をひそめた。
まさかこの人、
昼間からまた一人で妙なことを考えていたんじゃないでしょうね——。
📖 今回のエピソード対象範囲
| プラットフォーム | 対象話数 |
| ピッコマ・LINE漫画・COMICO | 第47話相当 |
| めちゃコミ | 第48話相当(推定) |