📖 作品の読み方はこちら→ 泣いてみろ、乞うてもいい ガイド
🌹 本記事は『泣いてみろ、乞うてもいい』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
見知らぬレイラ
見知らぬレイラが、彼のもとにやってきた。
ノックに応じたマティアスは、わずかに戸惑いながらレイラを見つめた。
レイラは、彼が与えた服を身につけ、おしとやかに立っていた。
「入ってもよろしいでしょうか?」
様子を窺うように、レイラが恐る恐る尋ねる。
マティアスはようやく一歩下がり、道を開けた。
「少し待っていろ。」
彼は寝室ではなく応接室へ向かい、レイラは静かにその後をついていった。
テーブルは、数多くの書類で散らかっていた。
「随分お忙しいようですね。」
「ああ、少し。」
「では、私は帰りましょうか?」
「いや。」
書類を再び広げ、失笑まじりに答えながら、彼はレイラを見た。
「疲れたなら、少し目を閉じていなさい。」
「いいえ。待っています。」
長く垂らした髪が、緩やかに波打った。
レイラは、彼の向かいの椅子におとなしく腰を下ろした。
刺々しくもなく、かといって自暴自棄な無気力さもない。
——カイル、カイルとまた喋り立てて挑発してくると思っていた女の、思いがけない姿だった。
疑問は感じたが、マティアスはあえて尋ねなかった。
——悪くない。
理由が何であれ、飼いならされた自分の鳥のように大人しいレイラを、彼はかなり気に入った。
微かな笑みを湛え、マティアスは再び書類に目を落とした。
紙の舞う音と、薪の燃える音だけが静かに響く。
まるで柔らかな水面にたゆたうように、穏やかな時間が流れていた。
完全無欠なあなたを刺す刃
レイラは、興奮して事を取り違えないよう、隅に放られていた新聞を手に取り、ひたすら文字を追った。
不安定な国際情勢による資源市場の高騰——理解できない記事から、やがて視線を離す。
顔を上げると、仕事に熱中するマティアスが見えた。
ほの暗い照明に浮かぶその姿を、レイラはじっと見つめた。
足を組み、書類を確かめているだけなのに、その静かな身のこなしには威圧感が宿っていた。
世界を足元に置いて生きてきた。
そして、これからもそうあり続けるであろう、支配者の傲慢さ。
——できるだろうか。
不意に押し寄せた不安に、レイラは唇を噛んだ。何者でもない私に、本当にあの男の心を打ち砕くことができるだろうか。
唾を飲み込んだ刹那、マティアスが視線を斜めに上げた。
びくりとしながらも、レイラは目を逸らさず、その視線を受け止める。
じっと見つめていた公爵が、「フッ」と軽い笑みを漏らした。
その瞬間、レイラは希望を見出した。
公爵がこれほどまでに自分を欲しているという事実が、ふと幸運に思えたのだ。
たとえそれが、歪んだ所有欲にすぎないとしても。
その心が熱烈であった分だけ、傷は深くなるはずだから。
どうして、もっと早く気づかなかったのだろう。
完全無欠なあなたを刺すことのできる刃が、この私になる可能性もあるというのに。
伏せた目を再び上げ、レイラはマティアスを見た。
最初のキスを強引に奪いながら、数日後には何食わぬ顔でクロディーヌと婚約した男。
卑劣な手口でカイルとの結婚を台無しにし、平然と自分を犯した男。
そして——
まもなく華々しい結婚をする、美しい悪魔を。
好きよ
「何を企んでいる?」
レイラを見るマティアスの目が、細くなった。
口元には笑みの余韻が残っていたが、眼差しは鋭い。
「ビルおじさんに、私と一緒にラッツへ発てと命令されたそうですね。」
膝の上に重ねた両手を、レイラは強く握りしめた。
「命令というよりは、提案だった。」
「おじさんがその提案を断れないことを、あらかじめ見越していたのでしょう? 結婚した後も私を愛人としてそばに置くために、何食わぬ顔でビルおじさんを利用したんでしょう。」
「そうかな?」
「あなたは本当に、ひどい人だわ。」
震える声に、精一杯の力を込める。
マティアスは書類を下ろし、ゆっくりと首を傾げた。
——見慣れない姿で押しかけ、予想もしない言葉を投げてくるレイラが、心から興味深くなってきたところだった。
「分かっているの? 自分がどれほど悪いかを?」
涙のにじんだ目を瞬かせ、レイラは問い詰める。
マティアスは、否定しなかった。
「じゃあ、私があなたをどれほど憎んでいるかも、知っているの?」
赤くなった目元が、さらに潤んでいく。マティアスは、少し虚しい気持ちで失笑した。
——結局、また元通りか。
期待した分だけ渇望は深まり、息が熱くなる。
「何でも知っているのなら、これも分かるでしょう?」
ネクタイの結び目を緩める彼を見つめ、レイラは再び問いかけた。
——嫌いよ。憎いわ。許さない。
聞き慣れた恨みの言葉が来るのを待っていたマティアスの耳に届いたのは、まったく予想外の言葉だった。
「そんなにもひどく憎いあなたを、私がどれほど好きかを。」
「……何?」
マティアスが、思わず眉をひそめる。
「あなたが、好きなの。」
疑問と混乱に満ちた青い目をまっすぐに見つめ、レイラは小さく囁いた。
「本当にひどいあなたが憎いけれど、それでも好きです。カイルの前で言った言葉、嘘じゃありませんでした。好きよ。こんな自分が嫌になるほど、好きよ。」
声は、今やか細く震えていた。
——このめちゃくちゃな演技に、あの男は騙されてくれるだろうか。
極度の不安は恐怖となり、その恐怖は涙となって、ぽろぽろと頬を伝った。
マティアスは、本心を読み取れない青い目で、ただじっと彼女を見つめていた。
「だから……公爵様のおっしゃる通りにします。ビルおじさんと一緒に首都へ行きます。そんな生き方があまりにも恥ずかしくて逃げたかったけれど、もうそうはできない気がするから。」
レイラは、すがるように彼を見た。
ゆっくりと立ち上がったマティアスは、テーブルを回り込み、レイラの前へ歩み寄る。
「急に、こんなにも素直に、俺の女として生きると?」
問い返す声は、無情に感じられるほど低く、冷たかった。
レイラは思わず顔を伏せた。
だが、顎を持ち上げられ、再び視線を奪われる。
探るように見下ろす眼差しが、レイラを圧倒した。
声を出せそうになく、か弱く頷く。
心臓の鼓動が大きすぎて、彼に聞かれてしまうのではないかと思った。
——お願い、レイラ。
——思い出すのよ。
——あの男を騙せる、完璧な嘘を。
私はレイラです
「だ、代わりに、条件が一つあります。」
震える手で、レイラはマティアスの腕をつかんだ。
「条件?」
「はい。私だって、損な取引はしません。誰かに教わったんです。」
呆れたようなマティアスの眼差しが、わずかに和らぐ。
それを見て、レイラはもう少しだけ勇気を出した。
「聞いてくださるんですか?」
「言ってみろ。」
「お約束してくだされば、話します。」
「条件が何かも分からない取引をしろと?」
マティアスの目つきが鋭くなる。
「なぜそうしなければならない? お前は何様だ?」
「私は、レイラです。」
レイラは引き下がらなかった。引き下がる場所など、もうどこにもなかった。
「あなたの、レイラです。」
大胆不敵な答えに、マティアスが低く笑った。
今できることは、この賭けがどうか成功するよう、切に願うことだけだった。
窓の外の夜の川、天井の照明、豪華な絵画で埋め尽くされた壁。
そこをゆっくりと巡ったマティアスの視線が、再びレイラの顔で止まった。
まっすぐ見下ろすその眼差しは、深く、静かだった。
「言ってみろ、レイラ。」
「聞いてくださると、お約束するのですね?」
腕にしがみつく両手に、切実な力が込められた。
まるで駄々をこねる子どものようなレイラの姿が、再び彼を笑わせる。
「いいだろう。」
顎から離れた手が、レイラの頬を包んだ。
溢れんばかりの喜びが広がる黄緑色の瞳を、マティアスは鑑賞するように見つめた。
その微笑みが、一層穏やかになる。
「約束しよう。」
恋人
「ビル・レマーを、ラッツの屋敷へ送ると?」
女主人は驚いた顔で孫を見た。
音楽を聴いていたエリーゼ・フォン・ヘルハルトも、一瞬で表情を変える。波紋を起こした張本人であるマティアスだけが、一人超然としていた。
「ええ。そうするつもりです。」
「あまりにも突然で、思いがけない決定だね、マティアス。」
「あの事故以来、母が庭師を快く思っていませんし、レマー氏ももう年を取って、アルビスの庭を任せるには無理があるでしょう。」
「それはそうだけど……。」
女主人は助けを求めるように嫁を見たが、適切な言葉を探せないのはエリーゼも同じだった。
二人が沈黙する中、マティアスは悠然とコーヒーを口にした。
レイラが決心した以上、これ以上遅らせる必要はない。
あえて隠すことも、もう無意味だった。
——『私の恋人になってください。』
レイラが提示した条件は、まったくの予想外だった。
——『公爵様がご結婚されたら、私はアルビスを離れなければなりませんよね。二度とここには戻れないことも、分かっていますから。』
そう口にしたレイラは、とても悲しそうに見えた。
違う、とは言えなかった。
アルビスはヘルハルト家の根幹であり、名実ともに公爵夫人の管轄下に置かれるべき世界だった。
家の歴史が続く間、その規則は一度も破られたことがない。そしてこれからも。
アルビスに、愛人の席はない。
マティアスは、その事実をあまりにもよく知っていた。
——『だから、結婚するまで、私たちがアルビスで一緒に過ごせる間は、恋人になってください。』
愛人と恋人に、何の違いがあるというのか。
マティアスには理解できなかった。
けれどレイラにとって、その二つは天と地ほど違うものらしい。
——『一生日陰に隠れた女になる前に、一度はそうしてみたいんです。』
涙のにじんだ声で囁いたレイラの姿が、鮮明に蘇る。
恋人。
彼と彼女に、これほど似合わない言葉が他にあるだろうか。
この世で最も輝かしく、美しい陽光を集めて創り出したような女だった。
マティアスは、その光に捕らえられた。目が眩んだ。その光の中で生きたくて、掴んだ。
手放すことができなかった。
——それなのに。
その渇望が、結局お前を日陰で生きさせることになるのだな。
初めて気づいたその事実に、マティアスは少し呆然とした。
——永遠の日陰の中でも、お前は今のように輝くだろうか。
望まない疑問に唇が乾き始めた頃、マティアスは壊すかのようにレイラを抱きしめた。
胸の奥深くに抱き、閉じ込めれば、
その光を永遠に消さずにいられるとでもいうように。
お二方の意向を拝し
「もっともな話ではあるけど、あまりにも急な決定ね。
ビル・レマーをラッツへ送れば、その養女は?」
咳払いをして、エリーゼ・フォン・ヘルハルトが尋ねた。
「レマー氏と一緒に発つことになります。そして、レイラ・ルウェリンの大学の学費を、我が家が後援しようと思っています、母上。」
「大学に送る? 庭師の養女を、我が家が後援者となって?」
「ええ。すでに、お祖母様が昨年お示しになったご意向だったと記憶しています。」
同意を求めるように、マティアスは祖母を見た。
「……そうだね。確かに、そうだった。」
カタリーナは否定できなかった。
エトマン家との縁談が破談になり、大学への入学も立ち消えになったことでうやむやになっていたが、彼女自身がレイラの後援者になる意向を示していたのは事実だった。
「ビル・レマーがラッツへ移り、その養女がヘルハルト家の後援を受けて大学へ進むことになれば、お二方の意向を尊重する決定になると思います。」
マティアスの口元に、静かな微笑みが浮かぶ。
祖母と母は互いに目配せを交わしたが、反論の言葉を見つけられなかった。
「では、お二方の意向を拝し、進めさせていただきます。」
丁重に挨拶をして、マティアスは応接室を後にした。
午後の予定に間に合わせるには、もう出発しなければならない時間だった。
自分が去った後、祖母と母の間でどんな会話が交わされるのか、知らないわけではない。
だが、それがどうした?
気にすることなく、マティアスは長い廊下を横切った。
——恋人。
考えるほどにますます、あの女に似合わない言葉だった。
📖 続きを読む
◀ 原作98話 あなたから学んだやり方(前の記事へ)
▶ 原作100話 私、本当に綺麗ですか?(次の記事へ)
📖 初めて読む方はこちら
▶ 泣いてみろ、乞うてもいい 完全ガイド
📚 あらすじ一覧
▶ 原作あらすじ一覧(原作61話~最新話)
👤 登場人物・人物考察
▶ 登場人物・人物相関まとめ
📖 漫画・原作を読む
▶ 漫画・単行本・電子書籍はこちら
🔚 結末を先に知りたい方
▶ 結末ネタバレ【本編完結】
【免責事項】
※翻訳方針については当サイトの「翻訳・引用ポリシー」をご確認ください。
※本記事は作品のテーマを考察するものであり実在の行為を推奨・肯定する意図はありません。
※作品の引用・翻訳は著作権法の範囲内で行い、引用元を明記しています。
※本記事は作品内容の分析・評論を目的としたものであり、原作の翻訳全文を掲載するものではありません。